新町古町民家再生プロジェクト

町屋再生プロジェクトのイベントに参加した。
河原町の長野さん(河原町文化研究所所長)、新町の宮本さん(BLOG講座の生徒さん)、そして人間都市研究所の冨士川さん(まちなみトラスト事務局長)
新町、古町のメンバーで町屋を愛でているメンバーの主催^^
ぎりぎりで間に合ってよかった。 続きを読む
全国まちづくり会議2010《全まち2010in熊本》

全国まちづくり会議2010《全まち2010in熊本》
この会議はNPO日本都市計画家協会が2005(平成17)年から年1回開催を続けているイベントで一昨年から地方都市での開催となっています。
2009年は中央(川崎)で9月に開催されました。
日時 2009年9月21日(月・祝)13時開会~9月22日(火・休)17時閉会
会場 神奈川県川崎市 サンピアンかわさき(川崎市立労働会館)
なんと!全まち大賞は熊本大学工学部まちづくり工房とNPO法人北海道遺産協議会に決定!
今年は10月9日10日に熊本で開催する事が既に決まっており、
市民会館の全館借り上げも予約済み

東京本部と熊本世話役(熊大・両角先生、冨士川さん)の初会合が9月24日(火)に開催され、12月には、熊本側実行委員会が立ち上がりました。
熊本まちなみトラストも熊本大学・熊本県職員・熊本市職員さんも積極的な参加です。
前崎は、おもてなしの良いチャンスと押し掛け、仲間に入れていただきました。 続きを読む
阿蘇の不思議な力
押し戸石。パワースポットで世界に名を馳せる聖地なのだそうだ。
恥ずかしながら初めてお邪魔した今年。
この時から、人が大好きな私の何かが目覚め^^た。
ご一緒した3人。きっと一生ご縁があるのかもしれない。

SPAGREENNESS:エリアCOCOVILLAGEの開発秘話の壮大さには、圧倒される、26000坪を一気に購入してから開発を考えたという速攻の動きをされたのは、実はたおやかな女性社長。壮絶な挑戦なのだ。そうとは知らずなんどかおじゃました瀬の本高原。しかし、この日は押し戸石のPOWERが私を後押ししていたことを知るはずもなかった、普通に気持い素敵な一日だったのだ。
ここを開発された女性社長が、なにか憑かれるようにひた走っておられる姿に大いに刺激をうけたのである。写真は、樹を切ることなく作られた離れ。<森>SPAGREENNESS
恥ずかしながら初めてお邪魔した今年。
この時から、人が大好きな私の何かが目覚め^^た。
ご一緒した3人。きっと一生ご縁があるのかもしれない。

SPAGREENNESS:エリアCOCOVILLAGEの開発秘話の壮大さには、圧倒される、26000坪を一気に購入してから開発を考えたという速攻の動きをされたのは、実はたおやかな女性社長。壮絶な挑戦なのだ。そうとは知らずなんどかおじゃました瀬の本高原。しかし、この日は押し戸石のPOWERが私を後押ししていたことを知るはずもなかった、普通に気持い素敵な一日だったのだ。
ここを開発された女性社長が、なにか憑かれるようにひた走っておられる姿に大いに刺激をうけたのである。写真は、樹を切ることなく作られた離れ。<森>SPAGREENNESS
オレゴン州の留学生のマイ箸づくり
NPO法人 おれんじの会(代表 山本ゆかりさん)は今年で3回目の留学生を熊本に向かえられました。60名の大所帯。新インフルエンザ問題で無事受け入れられるのか、心配だったそうですが、いろいろな手続きを経て、無事来熊。 続きを読む
くまもと<河原町>築40年の空きビル再生へのはじめの一歩

自由なる前進!GOAの河原町に贈るメッセージだ。
http://mytown.asahi.com/kumamoto/news.php?k_id=44000169999990179←ありがたや新聞に載りました→ 続きを読む
長六橋はなぜ残らなかったか?
2006年9月30日(土)- 新 長六橋 -のよく見えるリバーサイドホテルで<長六橋研究会最終レポート>と題した報告会があり参加しました。
慶長六(1601)年,加藤清正が架けた長六橋
熊本城下を守るため白川に他の架橋は許されず
幕末まで唯一の橋だった交通の要所
西南戦争では薩摩軍もここを進撃し
1953(昭和28)年の熊本大水害では白川に唯一残った橋だった
1990年に竣工した新長六橋は
手作り高欄や4体の裸婦像などで独特の雰囲気を醸し出している
移築のために保管中だったが移築を断念された、旧長六橋(1927年架橋)は
当時現存していた日本最古のタイドアーチ型鉄橋だったという
近頃、その橋の命ともいえる、銘盤が見つかったそうです。
その経緯がHPで見つかりましたのでリンクしておきます。
長六橋の銘盤はが無事保管!の記事
レポートの編集委員会は
山田譲先生(編集委員長 九州東海大学)
石井清喜氏(元熊本市顧問)
西嶋公一氏(熊本まちなみトラスト会長)
藤本秀子氏(熊本大学五高記念館)
富士川一裕(人間都市研究所)
慶長六(1601)年,加藤清正が架けた長六橋
熊本城下を守るため白川に他の架橋は許されず
幕末まで唯一の橋だった交通の要所
西南戦争では薩摩軍もここを進撃し
1953(昭和28)年の熊本大水害では白川に唯一残った橋だった
1990年に竣工した新長六橋は
手作り高欄や4体の裸婦像などで独特の雰囲気を醸し出している
移築のために保管中だったが移築を断念された、旧長六橋(1927年架橋)は
当時現存していた日本最古のタイドアーチ型鉄橋だったという
近頃、その橋の命ともいえる、銘盤が見つかったそうです。
その経緯がHPで見つかりましたのでリンクしておきます。
長六橋の銘盤はが無事保管!の記事
レポートの編集委員会は
山田譲先生(編集委員長 九州東海大学)
石井清喜氏(元熊本市顧問)
西嶋公一氏(熊本まちなみトラスト会長)
藤本秀子氏(熊本大学五高記念館)
富士川一裕(人間都市研究所)


お箸のマイスターをつれて